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伊那食品工業株式会社

業種

製造業

地域

中部

従業員数

301人〜

File.27

「社員の幸せの増大」を経営の根幹に ―「快適に働く」という企業理念を生かす伊那食品工業の場合―

時間外労働の削減

2020.09.24

伊那食品工業株式会社

昨年トップを引き継いだ塚越英弘社長。本社敷地内の「かんてんぱぱガーデン」にあるショップには、200種類以上の寒天商品が並ぶ

 午前8時。出社した社員が次々と道具小屋に立ち寄り、草刈り機や電動バリカンを手に本社敷地内に散らばっていく。手入れが必要と思うところで庭木を刈り込み、雑草を摘み取る。高さ20メートルを超えるアカマツに高所作業車が近寄り、枝切りが始まった。その下を、塚越英弘社長の運転する清掃車が落ち葉をかき集めていた。
 長野県伊那市に本社を置く寒天メーカー「伊那食品工業」で、雨天を除く平日朝行われる清掃風景だ。東京ドーム2個分に相当する約10ヘクタールの敷地には、本社社屋や工場、研究開発棟のほか、「かんてんぱぱガーデン」の名前で知られるレストランやホール、ショップがあり、年間約40万人が訪れる。

「いい会社だね」と言ってもらえる会社づくりを志す塚越英弘社長。写真後方の樹齢400年を越す木曽ヒノキのような、着実な成長の「年輪経営」を目指す

 せん定の行き届いた木々の根元には緑濃いコケが自生し、色とりどりの草花が咲き誇る敷地内の景観は、「働く社員のために緑のある快適な職場環境を」と造られた。塚越社長はこう話す。
 「職場は、単に生活の糧のために働く場所ではなく、自分の人生の居場所であると思っています。職場も家庭も両方楽しければ幸せは増すはずです。当社の経営目的は社員の幸せの増大にあるので、職場の快適性を高めることは最優先事項です」

働く環境を整えることを最優先

 環境が良くなる。手間が減って楽になる。少ない人数でできるようになる――。快適さへの対応は、とにかく早い。入社25年になる北丘工場長の宮澤英治さん(48)は幾度となく経験した。
 商品の製造年月日がきれいに印字されているかをみる検品作業。生産ラインの商品を人の目でチェックし続けるのは大変だと、センサー機器の導入を社長に提案したところ、1週間ほどで設置された。寒天ゼリーを包装する機械の購入では、ボタン一つでサイズ変更できる最新機が導入された。手動でサイズ調整する安価な機械を提案したら、「自動のほうが楽じゃないか」と、逆に社長に諭されたという。
 「自分たちの要望がすぐに現実になると、何か貢献しなきゃという気持ちになる。間違いのない製品を作り、生産性を上げていこうと、みんな思います」(宮澤さん)

北丘工場長の宮澤英治さん。若手社員と一緒に植栽した自慢の花壇の前で

 「経費削減という言葉は使わない」と塚越社長は言う。「経費を減らす狙いは利益を出すためです。我々は利益を出すのが経営の目的じゃない。むしろ経費を使って快適に働くことが一番大事なので、言う必要がありません」

家計の安定を考え60歳まで昇給

 同社は「社員を幸せにし、社会に貢献すること」を経営理念に掲げ、その実現のために毎年少しずつ会社が成長する「年輪経営」を実践する。1958年に会社を設立、83年に社長に就任した塚越寛最高顧問(82)が提唱し、48期連続の増収増益を達成している。昨年、長男の英弘氏が社長に就き、バトンを引き継いだ。今年4月、これまで65歳までの継続雇用制度としていたところを65歳までの定年延長とした。60歳まで毎年昇給する制度を生かし、この給与額を原則定年まで支給する。
 経済的に安心して働き続けられる雇用を会社として保証している。
 昇給幅は平均すると年約2%。新型コロナウイルス感染症で業務用寒天の需要が落ち込んだが、来期については「利益が出ていれば、昇給幅をそんなに減らす必要はない」(塚越社長)という考えだ。
 同社には人事評価や査定はない。会社全体でみても、中長期の経営計画や売上などの目標数値はないという。自主性に委ねた環境下で、怠ける社員はいないのか。その質問に塚越社長は笑って返した。
 「人間って、怠け続けられないと思いますよ」
 指示されるより、自分で考えて働くほうが楽しいし、やりがいも感じる。会社も人も1年経ったら成長するはずだから、売り上げが前年を上回るのは普通のこと。そうした「年輪経営」の考えが社員に浸透し、それぞれが行動することで増収増益を果たしてきたという。
 名刺大に四つ折りされた「社是カード」を全社員が携帯する。「いい会社をつくりましょう」の社是の意味、企業目的やそれを実現する心掛けなど、塚越最高顧問の言葉が記されている。「企業の柱、芯になるものを全員がわかっていれば、細かな施策や方法論はいらないと思います」と、塚越社長は話す。

20を超す福利厚生制度

 社員や地域性に配慮した福利厚生制度もユニークだ。その数は20を超える。
 お茶好きの信州人に合わせ、午前10時と午後3時の15分休憩を楽しく過ごせるようにと、月500円のお茶菓子手当を支給する。保険料は全額会社負担で、全社員ががん保険に加入する。冬場の気温が零度を下回る伊那市。自宅に屋根付きのガレージつくる際、7万円を補助する「車庫手当」もある。車のフロントガラスの雪や霜が解けないまま出勤すれば事故を招きかねないと考えての制度だ。毎年実施する社員旅行では、海外は9万円、国内は5万円の旅費を補助する。今年は新型コロナウイルスで見送ったが、補助額の一部を来年分に積み増す方針だ。

産休・育休取得者は5年でのべ76人

 正社員は518人で男女比はほぼ半々。直近5年間の産休・育休取得者はのべ76人に上る。通信販売グループ主任の宮阪明日香さんは今年11月から産休の予定で、2016年の長男に続いて2子目となる。
 長男の出産では退社も考えた。1歳から保育園に入れること。仕事に穴をあける申し訳なさ。子どもにも会社にも罪悪感があったという。当時社長だった井上修会長に産休の報告をしたときだ。「働いている親の背中を見せるのは、とてもいいことだよ」と声をかけられた。
 「気持ちが本当に楽になりました。そういうトップがいるところなら働き続けたいと思いました」と、宮阪さんは振り返る。

「家族みたいな、私自身を支えてもらっている場所」。職場をそう例える宮阪明日香さん

 実は10年前までは、産休を取らずに退社する社員が多かった。「女性は結婚したら家庭で子育てをするという考えが、どこかで私にもありました。でも、当社で大事なのは会社の考え方を理解している人です。わかっている人が戻ってきてくれるのは有難いことだと、そう考え始めたことが職場の空気を変えたのだと思います」(塚越社長)
 最近は、常に10人から20人の育休取得者がいることを前提に新卒採用し、職場に人を配置する。毎年20人前後の大卒採用枠に、約3000人がエントリーする。本などで経営理念が知られるようになって、県外からの応募が増えている。
 「会社には厳しさが必要だとか言われますが、うちは仲良しこよしの会社でいいじゃないかと。もうとことん、仲良しこよしでやりたいと思っています」と塚越社長。社員の幸せを育む場所が会社だとする理念を、突き詰めていく覚悟だ。

CASE STUDY働き方改革のポイント

取組1

企業理念を全社員が共有

効果
この会社は何を目指すのか。トップの考えを記した「社是カード」をつくる。企業理念が社員に浸透すれば、細かな施策や管理は必要ない。
取組2

60歳までの昇給と多様な福利厚生

効果
将来設計がしやすく、長く安心して働けるように60歳までの昇給を保証。細やかな福利厚生制度で家族的な絆を深める。
取組3

育休が取りやすい環境

効果
企業理念を理解した人こそ必要な人材と考え、復職しやすい環境がつくられた。5年間でのべ76人が育休を取得。年間10人強の育休者を見込んで新規採用で人員を補う。

COMPANY DATA企業データ

いい会社をつくりましょう ーたくましく そして やさしくー

伊那食品工業株式会社

代表取締役社長:塚越英弘
本社:長野県伊那市
従業員数:570名(正社員518名、非正規52名=2020年5月末現在)
設立:1958年
資本金:9,680万円
事業内容:海藻からつくられる寒天を原料にした業務用食材やゲル化剤、「かんてんぱぱ」ブランドで家庭用食品を製造・販売する。本社敷地の庭園「かんてんぱぱガーデン」でレストランやカフェも展開。

経営者略歴

塚越英弘(つかこし・ひでひろ)1965年生まれ。日本大学農獣医学部卒業。97年伊那食品工業に入社。2005年専務取締役、16年副社長、19年2月に社長就任。日本寒天工業協同組合代表理事。好きな言葉「大丈夫。何とかなる!」