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希望の里ホンダ株式会社
製造業
九州・沖縄
50〜99人
File.33
赤字体質脱却と「残業時間ゼロ」の同時達成 ―ノーマライゼーション工場「希望の里ホンダ」の場合―
2020.10.07
障害者福祉の拠点として、特別支援学校や医療施設などが集まる「希望の里」(熊本県宇城市)。緑に囲まれるこの場所で、県と市、「ホンダ」で知られる本田技研工業の共同出資で1985年に設立されたのが「希望の里ホンダ」だ。障害者と健常者が共に生き生きと働ける「ノーマライゼーション工場」を目指して設立され、自動車やバイクの部品組み立て業務を主に手掛けている。
何かしらの障害を抱えながら働いている社員は全社員の約4割。工場内は障害者が働きやすい環境が整備されており、活気にあふれている。しかし、中村一孝社長は2015年の社長就任当時の社員について「みんな疲弊していて、ため息が多いように感じた」と振り返る。中村社長は改革を決意し、希望の里ホンダは変化していった。
積極的な設備投資で生産効率が改善
中村社長は社長就任とともに、現状を把握するため社員一人ひとりと面談を行った。すると、賃金面についての不満が噴出した。「赤字体質が続くことでボーナスがカットされ、モチベーションが低下。その結果、給料を稼ぐためにあえて長く残業する『生活残業』が常態化するという悪循環に陥っていた」と振り返る。残業も多く、工場内は暗い雰囲気に包まれていた。
社員の話から改革を決意した中村社長は、食堂に全社員を集め、改革の方向性を打ち出した。「政治でいうと公約みたいなもの」とするその内容は、「従業員が笑顔で生き生きしているアットホームな社風」「障害者も健常者にも優しく、働きやすい社内環境」「売上げ変化にも追従した費用抑制ができる黒字体質の企業」の三本柱だった。作業効率を改善して無駄なコストを抑えたうえで、利益を全社員に還元すると約束し、生活費を稼ぐために残業をする、いわゆる「生活残業」をなくしていくことを目指した。
当時について、生産管理グループのリーダーを務める田上巧さんは「残業ゼロの日が1日もない状態だったので、正直無理なんじゃないかなと思った」と言う。9~12月の繁忙期は、土曜出勤も頻発していた状況だった。それでも中村社長は「この状態は健全ではない」と、まずは設備の拡充に力を入れた。
まずは、工場の設備投資を進めた。もともと障害者が働きやすい環境となっていたが、例えば車いすを使用する人が働きやすいよう昇降台を設置するなど、より職場環境を改善していった。
さらに、生産ラインの各所に数字を振り分ける「アドレス化」を実施。タブレット端末を配置し、リアルタイムで作業の進捗状況を報告、管理できる仕組みとした。その結果、作業が遅れているラインに瞬時に応援に入ることができ、工程表を紙で配って作業していたときよりも生産性が飛躍的に向上した。
その効果は数字に如実に表れた。取り組み前の2013年の年間残業時間は6,098時間だった。しかし、2017~2019年はなんと0時間となり、3年連続で「残業時間ゼロ」を達成。生産性が上がりコストも削減できたことで黒字転換も達成し、社員の賞与に還元することもできた。
田上さんは「ここまで変わるとは思わなかった」と驚きを隠さない。「社長が熱意を持ってみんなを引っ張ってくれた。リラックスした状態で余暇時間を過ごせてありがたい」と笑顔で語る。
作業の平日への分散で「土曜出勤ゼロ」も達成
改革は残業時間の改善だけにとどまらない。「平日もゼロにできるなら土曜もゼロにできるのではないか」と中村社長は考えた。
土曜出勤ゼロに向け、作業を平日に分散させる取り組みに着手する。そのために作業に必要な部品を先行で導入し、平日だけで全ての作業を終えられるような体制を構築した。社内では「親会社の本田技研工業が土曜も稼働しているから」といった反対意見も出た。しかし、「社員も喜び、休日出勤の手当を減らせる。社員にとっても会社にとってもウインウインだ」という中村社長の信念のもと、改革を断行。その結果、ついに2018年に土曜出勤ゼロも達成し、カレンダーに沿った通年での週休2日制が実現できた。
年次有給休暇についても改革を進めた。以前から取得率100%を達成していたが、2018年度から3日連続、2019年度からは5日連続の年休取得を推進している。中村社長は「いわゆる『リフレッシュ休暇』。土日と組み合わせることで9連休とし、リフレッシュしてもらおうと考えた」と、その狙いについて説明する。社員からは「家族旅行を満喫できた」「実家の田植えの手伝いができた」と好評だ。
総務課の小畑愛梨さんは「昔と今では職場の活気が違う。あいさつも飛び交う」と話す。夫も希望の里ホンダで勤務しているといい、「役割を分担して子どもの面倒を見ていることもあり、それぞれ自分の時間を過ごせている」と笑顔だ。
改革のステップは「社員の健康づくり」へ
「残業時間ゼロ、賞与改善と進めてきたが、改革は次のステップに移っている」(中村社長)との言葉の通り、現在は社員の健康作りに力を入れている。もちろん、障害者が生き生きと働ける環境をつくるためだ。
毎月、「からだスマイルデー」という日を設け、保健師と管理栄養士などの外部講師を招き、体に良い食事を提供するほか、無料での健康相談も実施している。食堂にはスポーツドリンクなど、体に配慮した飲み物を用意。毎日の社員の健康を意識し、マッサージチェアなどの設備を導入した。
「仕事終わりにジムに通い、会社のマッサージチェアでは日頃の疲れを癒している」と語るのは製造課の楠本朱理さんだ。仕事については「障害のある方たちとも簡単な手話でコミュニケーションを取っている。毎日楽しく充実しています」とはつらつとした表情で語る。
同社は健康づくりの一環として、スポーツ活動にも力を入れている。地域のスポーツ大会に参加するほか、大分県で開催されている「大分国際車いすマラソン大会」にも会社として参加する。一連の取り組みが認められ、今年3月には経済産業省から「健康経営優良法人」の認定を受けた。中村社長は「残業を減らしたことで時間ができた。その分、日頃からスポーツで健康づくりをしてほしい」としたうえで、「それは障害者の方も一緒だ」と笑顔で話した。
売上げ規模と障害者雇用の拡大へ
新型コロナウイルス感染症の影響により、本田技研工業の各製作所も生産が滞った。各製作所が4、5月は生産が縮小し、6月になると一部休業対応をとった製作所もあった。希望の里ホンダでも一時期は仕事量が3~4割減ったという。現在は、共用部分の消毒、社員の体調管理、社員ごとに食事休憩の時間をずらすなどの対応を取り、工場を動かしている。
思わぬ打撃を受けたが、中村社長は「生産効率を更に改善し、売上げ規模を拡大させていきたい」と前を向く。社員との面談は今も続けており、「最近は前向きな発言が増えてきた」と話し、「当初の改革のステップは完了した」と胸を張る。次のステップは、障害者のさらなる雇用だ。中村社長は「設立当初の理念そのままに地域貢献をしていく。そうすることで企業価値を上げていく」と意気込む。改革の歩みを止めない希望の里ホンダは、障害者と健常者がより切磋琢磨し、活躍していく職場のモデルとなっていくだろう。
CASE STUDY働き方改革のポイント
作業効率を上げるため設備投資を実施し、「残業時間ゼロ」を達成
- 効果
- 車いすを使用する人が働きやすいよう昇降台を設置するなど、障害者が働きやすい環境づくりを進め、作業効率を改善。タブレット端末を導入するなどし、2017~19年の3年連続で「残業時間ゼロ」を達成した。
土曜の仕事を平日に分散し、「土曜出勤ゼロ」を実現
- 効果
- 作業部品を前倒しで導入し、土曜日に行っていた作業を平日に分散化。結果、繁忙期の「土曜出勤ゼロ」を達成した。
社員の健康づくりをサポート
- 効果
- 身体に良い食事の提供、無料の健康相談などで社員の健康づくりをサポート。スポーツにも会社を挙げて力を入れている。
COMPANY DATA企業データ
良い物を受け取る・良い物を造る・良い物を渡す
希望の里ホンダ株式会社
代表取締役社長:中村一孝
本社:熊本県宇城市
従業員数:55名(障害者23名、健常者32名)(2020年8月現在)
設立:1985年8月
資本金:5,000万円
事業内容:2輪車、4輪車などの部品組み立ておよび成型、印刷、同梱作業、計測機器校正
経営者略歴
中村一孝(なかむら・かずたか) 1962年福岡県生まれ。1988年、本田技研工業株式会社入社、鈴鹿製作所配属。2005年に熊本製作所に異動。2015年に希望の里ホンダ株式会社の社長に就任。