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株式会社井口一世
製造業
関東
30〜49人
File.48
働く環境を整え新しいアイデアを生み出す環境を作る ―6割が女性社員の金属加工会社「井口一世」の場合―
2020.12.16
埼玉県所沢市に事業所を構える金属加工業の井口一世(いぐちいっせい、本社・東京都千代田区)は、高度な板金加工技術を武器にコストダウンを実現し、業界に新風を吹き込んできた。それは事業面だけでなく、「働き方」も同様だ。社員の6割、管理職の半数以上を女性が占める。2018年度には東京都女性活躍推進大賞「特別賞」を受賞するなど、女性が活躍できる企業として、官民だけでなく就職活動中の学生からも注目を集めている。
新卒社員の定着のため残業削減を目指す
社名には社長のフルネームから付けられている。「逃げも隠れもしない」という自社製品への自負と、マーケティングの視点から「一度聞いたら忘れない」という狙いが決め手だった。経営方針は「恒産なくして恒心なし」。「一定の職業や財産を持っていないと、安定した道徳心や良識は持てない」という中国の四書の一つ「孟子」に基づく故事だ。
事業成長を続け、女性が生き生きと働ける環境を作れている同社の、改革のきっかけは新卒採用だった。2011年から新卒採用を始めたが、なかなか定着しない。会社が成長するためには、若手の成長が求められていた。若手が成長できる環境を作るため、残業時間の削減に動き出した。
残業削減のための施策は「残業の許可制」と「情報共有」だ。残業を許可制にしたうえで、残業を希望する社員は上長に申告。申告を受けた上長は、部下が何時間残業するかを、社長・役員・上長が情報共有できる社内専用SNSに報告する。誰がどのくらい残業するのかを社長を含め管理職で共有することで、全社的に残業を削減する意識を芽生えさせた。結果的に所定外労働は月平均35時間(2016年度)から23時間(2019年度)となったが、同社の働き方改革で大きなカギを握る「マルチスキルワーカー化」が残業削減に結び付くことになる。
だれもがマルチスキルを身につけ業務のボトルネックをなくす
「製造業であるにも関わらず女性が6割を占め、さらに産休後に復職した後でも昇進があると会社説明会で聞いたことが入社の決め手だった」
2020年度入社の大村紅葉子(こよね)さんは、労働環境の魅力についてそう語る。若手が労働環境に魅力を感じ、入社する。新卒採用を始めたことが働き方を見直すきっかけとなり、さらに若手が入社する好循環を生み出している。
新卒採用は残業削減だけでなく、子育て支援の充実のきっかけにもなった。入社後に結婚する若手社員が増えたことで、ライフステージの変化後も働き続けることができる職場環境を作っていく必要が出てきた。子育てのために気兼ねなく年次有給休暇を取得できるようにするためにはどうすればよいか。子どもを持つ社員だけでなく、全社員のワーク・ライフ・バランスを実現させるためには、どのような改革が必要か。たどり着いた答えは「仕事の属人化」を防ぐことだった。
そのために実行したのが、全社員のマルチスキルワーカー化だ。誰もが複数の業務をこなせる能力を持つことで、業務の属人化を防ぎ、業務におけるボトルネックをなくした。その結果、子育てをする社員だけでなく、ワーク・ライフ・バランスを大事にする社員も年休を取得しやすくなり、お互いに助け合いながら働ける環境が醸成された。
女性が活躍できる同社の環境は、井口社長の右腕として活躍する執行役員の齊藤聡子さんのキャリアに表れている。齊藤さんは、パートタイマーとして入社した。その後、第一子が成長したタイミングの2011年に正社員になった。同年には主任に昇格。その後、2015年から第二子の産休に入り、翌2016年に復職するとともに執行役員に就任した。
管理職の55%を女性が占める同社。産休・育休を終え職場復帰した際は、必ず元のポジションに戻ることを確約している。復職後も1日1時間の時短勤務が制度としてあり、さらにラインを動かし続けなければならない製造業であるにもかかわらず、子どもの急な発熱や学級閉鎖など急な対応が必要な時は、時間単位での遅出や早退も可能だという。社員のマルチスキルワーカー化によりフォロー体制が作り上げられているので、柔軟な働き方が可能となっているのだ。
新しいスキルを身につけることを促す人事評価システム
全社員のマルチスキルワーカー化を進めるために新しいスキルを身につけることは容易ではないが、「失敗は『うまくいかない方法の発見』」という井口社長の考えが、新しいスキル取得に挑む社員の後押しをしている。
その根幹は、「スキルマップ」と呼ばれる600に細分化された業務項目を基にした人事評価と、評価基準を満たせば毎月でも昇給が可能な給料体系にある。細分化した狙いは、評価を行う管理職の私見が評価内容に影響を与えないようにするためだ。
評価基準は、「電話の取り方」「接客態度」などの一般的なことから、「機器のオペレーティング能力」など、専門的な技術まで多岐にわたる。日々の細かな業務もしっかりと評価されるため、本人が気づかないうちに昇給していることもある。
この評価システムについて井口社長は「恒産なくして恒心なし」という経営理念の下、「年収500万円が生活費を心配しなくても暮らしていける一つの目安だと考えている。新卒社員の年収は約350万円だが、3年で500万円になってもらいたい。それを実現するための評価システム」と説明する。ただし残業代のための残業は厳禁。どうしてもその日に終わらせなければならない業務がある場合のみ行うと、全社員が認識している。社員自身の努力が必要なマルチスキルワーカー化も、スキルマップでさまざまな業務が評価され昇給につながることで、一人一人がモチベーションを維持したまま新しいスキル取得に取り組めるのだ。
遊びに来る気持ちで出社できる会社を目指して
これまで続けてきた改革は、コロナ禍に立ち向かう素地を作った。同社では、緊急事態宣言が発令された4月から一部社員を在宅勤務とする対応を取った。しかし、製造業である以上、ラインを完全に止めるわけにはいかない。そのため、一部の社員を在宅勤務としたうえで、出勤する社員も2チームの交代制勤務とした。二交代制は、社員自身を含め家庭内で37度以上(一般的な目安は37.5度)の発熱があった際は、2週間の自宅待機という安全基準を設けた上で実施された。
一般的な企業であれば、平時の3分の1の人員では生産性が大きく落ちる。ところが、全員がマルチスキルを持つことで、3分の1の人員でありながら品質を保ったまま顧客からの注文を平時と同様にこなすことができている。
同社の改革は、3Kのイメージが強く女性に敬遠されがちな製造業のイメージを変化させている。性別問わず優秀な人材を確保できるよう、職場環境にも様々な配慮をしている。汚れが目立つことから金属加工業界では敬遠されがちな白い作業着を採用しているほか、製品の大半を製造している所沢事業所内にはポップアートやオブジェが飾られ、まるでIT企業のような雰囲気だ。きれいな製品は、きれいな環境から作られる。社員が親や友人に自慢できる会社へ。そんな思いでオフィス環境が整えられてきた。
一人一人が仕事に集中できるよう、事務所内のデスク配置はプライバシーが確保しやすい「スクール式」の配置を採用。階段の段差は、小柄な女性でも負担なく上り下りできるよう、一般的な階段より低い16.5㌢で設計されている。
「余裕がないと、良いアイデアは浮かばない。これからの製造業ではモノを作るのは機械やコンピュータ、AI(人工知能)などになるだろう」と、井口社長は今後の業界の未来を予測する。そのうえで「人間はコンピュータやAIを動かしたりするためのビッグデータを作らなければならない。新しいイノベーションを起こせるために、会社に遊びに来るような気持ちで出社できる場所にしたい」と働き方の新しい形を説明する。
ものづくりのイノベーションは、余裕があってこそ生まれるということだろう。そのために働き方を、同社は提案しているといえよう。
CASE STUDY働き方改革のポイント
残業削減の取り組み
- 効果
- 残業を許可制にし、残業する場合は上長に報告。上長は社長や役員らも情報共有できるSNSに部下がどのくらい残業するのか報告し、全社的に残業削減に取り組む意識を高めていった。
柔軟な勤務形態を実現するため、社員のマルチスキルワーカー化を進める
- 効果
- 社員一人一人のワーク・ライフ・バランスを実現するため、社員のマルチスキルワーカー化を進め、仕事の属人化を防いだ。フォロー体制を充実させたことにより社員が気兼ねなく年休を取得できる環境を整えた。
スキルアップと連動した昇給システムでモチベーションアップ
- 効果
- スキルアップすれば、毎月でも昇給可能なシステムで、従業員の生活を安定させ、モチベーションを向上させながら新しいスキルを取得させている。
COMPANY DATA企業データ
最高の人材と設備に支えられた製造業を通して新たなる文化の創造に貢献する
株式会社井口一世
代表取締役:井口一世
本社:東京都千代田区
従業員数:40名(2020年9月現在)
設立:2001年4月
資本金:9,500万円
事業内容:精密機器の部品製作販売、金属加工用金型の設計・製作、金属プレス加工、板金加工など
経営者略歴
井口一世(いぐち・いっせい)
1978年立教大学経済学部卒業。2009年東京農工大学修士課程修了。 2001年、株式会社井口一世設立。