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興津螺旋株式会社
製造業
中部
50〜99人
File.109
女性目線での職場環境・制度の見直しで全社がさらに働きやすく -国内トップランクの総合ねじ部品メーカー「興津螺旋株式会社」の場合-
2022.01.24
1939年、木ねじ工場としてスタートした興津螺旋株式会社(静岡県静岡市)。ステンレスねじ生産量のトップメーカーを極め、現在は総合ねじ部品メーカーとして設計から製造・販売までを手がける。主力製品はステンレスねじだが、定評のある技術・開発力を発揮して国内で初めてチタン合金ボルトの量産化に成功した。スポーツカーのハンドルやスポーツサイクル用など、プロやハイエンドユーザーの要求に応える高性能ボルトとして知られている。また、とくに注力しているのはレアメタル合金ボルトや鉄鋼の合金ボルト。ニッケル合金や金属ではないプラスチック素材など、さまざまな素材にも挑戦し続けている。
思いもよらなかった「ねじガール」の誕生
興津螺旋を語るとき「ねじガール」の存在を無視することはできない。その名の通り、ねじを作る女性のことだ。製造現場は男性の世界というイメージがつきまとうが、そこに女性が飛び込んだ。女性の活躍促進として先進的に取り組んだと話題になった。
「ねじガール」の誕生は、とくに女性の働き方を改革しようという意識からではなかった、と柿澤宏一社長。「当社の構成人員は男性が働く製造部門がもっとも多いのですが、人材の確保に苦労していた時期がありました。それなら女性でも働きやすい職場環境を作って、より人材を確保できるようにしたらどうかと検討していたときでした」と振り返る。
事務職で新卒採用した大卒の女性社員から「工場で働きたい」と声があがった。取組の実施予定は翌年の2013年からだったので、思わぬ提案に柿澤社長は戸惑ったが、やってみようと決断した。
女性の働きやすい職場作りへ
予定より1年も早い「ねじガール第1号」の誕生で、現場の環境はまだ整っていなかった。そこで彼女をロールモデルに、職場環境などを工夫していくことになった。例えば、力の弱い女性が機械のボルトを緩めたり締めたりしやすくするためにロングレンチを導入し、20kgの重量があるコンテナの上げ下げには電動リフトを設置した。
金型の切削加工など、少し危険が伴う作業はグラインダーなどの手持ち作業を避け、工作機械に切り替えた。これは、加工精度向上と作業のスピードアップに貢献することにもなった。こうして、安全面を重視した環境が整ったことと、マスコミに紹介されたことで「ねじガール」の評判は広まった。
製造業の工場で働く人材は、工業高校を卒業した男子学生というイメージがあるが、同社では国立大工学部や大学院などの女子学生からの応募もあり、製造現場の光景を覆した。現在は7人の「ねじガール」が製造現場でねじと格闘している。また、ねじ製造だけでなく、金型加工に用いるNC工作機械のオペレーターは女性社員も担当している。
女性の活躍は現場の業務だけではない。例えば、ねじ山を成形する金型の管理と標準化は管理部門の仕事だが、ここで働く女性から素材の見直しが提案され、採用されたことがある。「ねじガール」の影響か、他の部門でも細かな発見があり、工程内での余計な手直しが減って効率的な作業ができるようになった。同時に品質が向上し、社員の意識も変わり、「それまでとは違う風が吹き始めた」と柿澤社長、
(社員/原田美寧さん)
大学では海洋学について勉強していたが、新しい挑戦として物作りの同社を選んで「ねじガール」に。「ドリルねじのねじ山を成形する転造工程を担当しています。ねじ作りの面白さは、JIS規格や社内規格をクリアしていても、さらに手をかけるほどに美しいものができることです」。「女性だからと苦労したことはないし、工場に女性がいることが普通なんですよ」とも語る。先輩や上司とのコミュニケーションも良好。車とバイクが好きで、いつか自分のマシンに自分で作ったチタン合金ボルトを使うのが夢だ。
働く環境の整備や待遇への取り組み
もともと同社は女性社員の占める割合が全体の1/3と多かったが、「ねじガール」人気に伴う女性の応募の増加で男女比は約50%ずつとなった。そこで、男性特有の職場環境を女性目線で組み立て直し、女性の働きやすい職場作りに取り組んだ。
女性トイレもそのひとつ。ドアを入るとそこは明るく清潔な空間。横になれるソファーがあり、エアコン完備。個室はプライベートが守れる完全密閉仕様。女性からの要望を取り入れたトイレは、工場のそれとは到底思えない「出来栄え」だ。女子更衣室にはゆったりとした談話スペースもある。
結婚・出産・育児を経ても安心して働き続けることができるよう、育休からの復帰後に利用できる、短時間勤務を設定。現在4名の社員が該当し、6時間もしくは7時間の勤務を行っているが、本人の希望に応じてケースバイケースの対応となっている。子どもが何歳になるまでといった制約もなく、8歳と6歳の子どもを持つ社員も短時間勤務を利用している。年次有給休暇は当日の申請でも1時間単位で取れるため、急な用事ができても使い勝手がいいと評判だ。また、部署の垣根を越えたジョブローテーションを実施することで、例えば、労働者の希望により、工場勤務だったものを、休業後に事務職へ迎え入れることもできる。安心して長く働いてもらえるようにとの配慮が窺える。また、社員それぞれの業務範囲が広がったことで仕事が集中する職場へ応援に入りやすくなったこともプラスに作用しているという。
量産が求められる現場は、時として長時間労働が求められる。月曜から金曜まで残業してフルに働けば、休日があるとはいえ疲れが抜けないだろう。そうした配慮をもとに、販売方針を数から質へ切り替えるなど長時間労働の是正にも取り組んだ結果、月平均の時間外労働時間は、2017年が約14時間、2018年が約8時間、2019年が5.5時間という実績を達成している。また、同社だけの技術・開発力を生かした付加価値経営へのシフトも、長時間労働の是正に大きく貢献している。
女性を大切にする職場は、男性も働きやすい
「ねじガール」だけでなく事務職にも多くの女性を採用している同社だが、「女性を特別扱いしているわけではない」と柿澤社長。女性の目線でも職場環境や制度をとらえれば、それは男性社員にとってもメリットになると言う。工場では男性も作業が楽になったし、女性の仕事への積極的な取り組みが不良品率を半減化した。その結果、顧客クレームも減り、全社的な業務改善にも繋がった。ジョブローテーションの実施は、男性が長期入院するような場合でも安心して復帰できる。
同社の福利厚生はひと味違う。そのひとつがドイツの高級スポーツカーの貸与だ。予約さえすれば自由に乗ることができる。このクルマのハンドルの固定には同社のチタン合金ボルトが使われている。「興津螺旋は単にねじを作って販売しているのではなく『感性』も提供していることを感じ取って欲しい」という柿澤社長の気持ちが込められている。
もうひとつが事務室のソフトクリームサーバー。人気の高い北海道ブランドのソフトクリームを使用したもので、女性社員にはとくに人気。これも女性目線を大切にしたアイデアだが、ソフトクリームの形がねじに似ているのも人気の理由かも知れない。
「女性はマニュアルなどを深く読んでいろいろと理解しようとする意識が強い。結果として製品の品質向上に現れているのかもしれない。こうしたことが社内に上昇気流を生み出し、男性社員はそこに巻き込まれている。私にはそう思えるのです」と柿澤社長は笑った。
CASE STUDY働き方改革のポイント
「ねじガール」の誕生
- 効果
- 「男の職場」だった製造現場に女性も採用していくという斬新な発想が、多くの女性社員の採用に繋がった。国立大、大学院卒などの優秀な人材採用にも成功した。
長時間労働の是正
- 効果
- 販売方針を数から質へ切り替えるなど、長時間労働の是正にも取り組んだ結果、月平均の時間外労働時間は、2017年が約14時間、2018年が約8時間、2019年 が5.5時間という実績を達成している 。
女性目線での職場環境作り
- 効果
- 体への負担が少ない工具や安全を考慮した設備の導入は作業を楽にし、女性だけでなく男性社員にとってもメリットになった。同時に加工精度向上、作業のスピードアップなどに結びつき、顧客クレームの削減、全社的な業務改善にも繋がった。
COMPANY DATA企業データ
時代を見据えて新しい世界に挑戦する
興津螺旋株式会社
代表取締役:柿澤宏一
本社:静岡県静岡市
従業員数:77名(2021年10月現在)
設立:1939年6月
資本金:3,500万円
事業内容:ねじ部品の設計・製造・販売
経営者略歴
柿澤宏一(かきさわ・こういち) 1972年静岡県生まれ。上智大学経済学部卒業。商社勤務を経て1996年に興津螺旋に入社。ステンレス製ドリルねじの研究開発に取り組み、営業担当、専務を経て、2007年3代目代表取締役社長に就任。座右の銘「真・善・美」。