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株式会社一ノ蔵

業種

製造業

地域

北海道・東北

従業員数

100〜300人

File.123

「社員ファースト」で働きやすい労働環境づくりを目指す ー酒蔵伝統の人間関係を大事にする酒造会社「一ノ蔵」の場合ー

時間外労働の削減

2022.01.24

株式会社一ノ蔵

 1973年に宮城県内4つの酒造会社が企業合同して誕生した一ノ蔵(宮城県大崎市)。南部杜氏伝統の技を継承する手づくりによる酒造りを行なっている。かつて級別制度にアンチテーゼを唱えた「無鑑査本醸造」をはじめ、低アルコール酒「ひめぜん」や発泡清酒「すず音」など新しい味わいの商品を次々と生み出してきた。伝統と革新が息づく酒造業界でも個性的な存在の企業である。

酒蔵家業の背景にある「職人さんファースト」の考え方

 かつて宮城の酒蔵では、岩手の南部杜氏の職人集団を毎年冬の間招き、酒造りを行っていた。杜氏は、夏期は自分の村で稲作を行い、刈り入れが済み農閑期になると酒蔵に出張し、酒造りの全工程を請け負う。請負業であり、どこの蔵元へ行くかは杜氏の自由である。通常は毎年、訪れる酒蔵が決まっているものだが、優秀な職人たちに毎年来てもらうためには何よりも蔵元との人間関係が大切。報酬以外の待遇や気遣いがものをいう特別な関係なのだという。「うちの祖母は職人さんたちに風邪ひとつひかせるわけにはいかないと賄いにもこだわり、絶対に手を抜かず日に3度精魂込めて手作りしていました」と鈴木社長は振り返る。戦中戦後の食料不足の時代には、家族の食べるものがなくても職人さんたちにはお米を食べさせたいと頑張ったのだという。

 

「社員ファースト」を大切にしている鈴木整社長

 滞在の最後に「また来年も来るから」と言ってもらえれば御の字。職人にとっても親しみのある酒蔵へ戻るのは楽しみでもある。酒造側と職人側の双方に「働いていただいている」・「働かせていただいている」と互いを敬う信頼関係があることが大切。酒蔵家業の背景としてあった考え方を企業になっても引き継ぎ、それが経営のベースになっているのだという。

 かつての「職人さん」への意識は「社員」へと置き換わり、社員ファーストの考え方で経営が進められてきた。「従業員の健康第一・働いていただきやすい勤務環境・働きやすい労働環境。この考え方は従来から重要視しており、1つひとつ取り組んできたことが、結果的に働き方改革という言葉にもつながったように思います」と鈴木社長は振り返る。

残業しない風土をつくる施策の数々

 「従業員の健康第一」という考え方から、残業を減らすにはどうしたらよいかとの業務改善が進められてきた。残業しない風土づくりの一手として、退勤時の挨拶を改善。「お先に失礼します」から「お疲れ様です」に変更することで、先に帰ることの後ろめたさを払拭した。社長や役職者も積極的に声がけしたこともあり、「5時を過ぎたら帰るのが当然」という認識が社内に浸透していったという。

 また特定の個人に仕事が集中して残業につながらないよう、従業員一人ひとりのスキルアップを目指すべく「多能工化」を推進してきた。各部門にプロフェッショナルを育てようと同一業務に従事させることが多かったが、次の世代が育ちにくいことも問題視された。ベテラン社員と若手がペアを組み、徹底的に教えてもらうことで次世代への種をまいていく。現場では一人で扱える機械が1台から2台へ、他のことをどんどん覚えて次はあれをやりたいなどの向上心を育むことにもつながった。

 

繊細な手作業で行われる工程もある

 誰が機械を動かしても同じ精度でできるよう、見て覚えられるマニュアルも作成した。これらの結果、生産性が向上し、定時内で勤務を終えることにもつながった。事務職の間でも定期的な「ジョブローテーション」を実施し、各部門の業務内容や業務量などを皆で把握できる体制にした。これによって特定個人に仕事が集中するのを防ぎ、残業軽減や年次有給休暇を取得しやすい環境も生まれたのだという。

 「多能工化」と「ジョブローテーション」により生産性が向上し、コロナ禍の緊急事態宣言で出勤率を50%に制限した時も現場の機械はすべて稼働でき、事務業務も滞りなく行われた。かつては足踏みしがちだった慣れない仕事にも堂々と向き合え、対応することができた。コロナ禍で偶然に見えた成果に、やっておいてよかったと社員のモチベーションアップにもつながったという。

 残業しない風土づくりの一貫として、管理職に残業の必要性の確認を受ける「事前申告制」を取り入れ、毎週水曜日はノー残業デーに設定した。取材時は終了時間が17:00の終業時刻と重なったが、17:05分には従業員駐車場へ向かう多くの社員の姿が見られたのが印象的だった。

育児と仕事の両立のために

 これらの取り組みに加え、育児と仕事の両立のための制度も整えてきたなかで、もしかしたら「子育てサポート企業」として厚生労働大臣の認定が受けられるのではないか、「くるみん認定」の基準が満たせるのではないかということに気が付いたという。就職活動において女子学生の間では「くるみんマーク」の有無が重要視されているという背景もあった。

 認定を受けるために、策定した一般事業主行動計画の数値目標「男性の育児休業取得者が1名以上」の達成を目指したが、これがなかなか難しかった。男性社員の育児休業制度は整えたものの、この地域では孫の世話を楽しみにする両親と同居というケースが多く、育児休業を取っても居場所に困るという声があった。取得者が現れないなか、男女社員を対象に育児休業の最初の5日間を有給にする制度を導入し、これまで2名の男性社員が取得したという。こうして2019年12月6日付けで「くるみん認定」を果たした。

 管理課の浅野けい子さんは出産後育児休業を取得し復職した一人。出産前は早めに年次有給休暇を取得し、出産後は産後休業のあと育児休業は1歳まで取得した。職場復帰にあったっては多くの人がそうであるように、育児と仕事が両立できるか不安だったという。「それまでの自分の生活を変え、仕事もすることにハンデを感じました。時間の流れについていけるか、体力的にはどうか、悩みは多くありました」と振り返る。

育児中の短時間勤務を利用した浅野けい子さん

 上司に相談し、短時間勤務をすすめられ出産前と同じ部署に戻った。一般の就業時間が8:30〜17:00のところ、9:30〜15:30の勤務になったことで気持ちに余裕ができたという。「子どもが3歳になるまで短時間勤務が可能で、目一杯制度を使いました。時間の枠もフレキシブルに設定できるよう配慮していただきました。現在は小学校入学まで活用できるよう強化されています」。

 職場に戻った浅野さんは、「搾乳室」を作って欲しいとの社員の声を受け、上司へ相談。授乳期のこの種の悩みについて一切知らなかった社長だが、「ぜひ進めてください」と2つ返事だったという。浅野さんと上司で手作りの「搾乳室」が作られ、その後の社員たちにも活用されている。こうした細やかな対応もあり、出産後の復職は100%となっている。

手作りの「搾乳室」

 育児休業については、休業を長く取りたい・早く復職したいなど、人によって考え方はさまざま。2020年からは、個人のニーズに合わせ、育児休業からの復職後や育児休業を取得しなかった場合などに対応する、「在宅勤務制度」が生まれた。育児と仕事を両立させることに役立つほか、コロナ禍における感染拡大防止にもつながっている。コロナ禍だからこそ出てきた発想だという。

 ある時はベテラン女性社員から「娘の家に孫が生まれるから」との理由で退職希望が出された。これを受けて気付きがあったという鈴木社長は「孫のための育児休業も制度化できれば良いと考えております。育児休業も介護休業も想定外の事例一つひとつに対応していきます」と語る。

 こうした社員ファーストの考え方から、少ない残業時間、年次有給休暇取得率の高い職場が生まれ、県内初の「ユースエール企業」にもなっている。

一人ひとりの社員をバックアップする社風

 マーケティング室主任の鈴木明子さんは、コロナ禍以前は海外旅行に出かけるなど毎年年次有給休暇をフルに活用している。2011年から連続で弓道の国体選手として活躍しており、その活動に年次有給休暇を当てることもある。国体開催時には連続して1週間程度の休みが必要になるが、この際は年次有給休暇ではなく特別休暇をもらっているという。「趣味なのに全面的にバックアップしていただいて本当にありがたいです。岩手の大会に突然役員が応援に来てくださったり、会社からチーム全体に甘酒をいただいたり、フランクで熱い人が多い会社です」と語る。

長年国民体育大会弓道競技会に出場している鈴木明子さん

 社内に弓道部を作り、道具一式を用意してもらったこともある。スノーボードやモータースポーツなどの大会に出る社員がいれば応援したり、社員一人ひとりの趣味に合わせて様々なバックアップがされる。働く人を大切にする家族経営の心が生き続ける温かい社風が垣間見られる。

CASE STUDY働き方改革のポイント

取組1

「多能工化」と「ジョブローテーション」

効果
各部門の業務内容や業務量・ピークなどを共有。社員は複数の業務をこなせるようになり生産性向上。特定個人への業務集中が緩和。残業は減少し有給を取得しやすい環境に。
取組2

育児休業の最初の5日間を男女社員ともに有給にする制度を導入

効果
声かけはするものの、なかなか男性の育児休業取得者が現れなかったが、表題の制度を導入したところ、2名の男性社員が取得。その結果、2019年12月6日付けで「くるみん認定」を果たした。
取組3

社員一人ひとりをバックアップ

効果
国体出場時の特別休暇、大会の応援など様々な形できめ細かく社員をバックアップすることで、働きやすくコミュニケーションも密な企業に。

COMPANY DATA企業データ

伝統を守り挑戦し世界に認められる地酒へ

株式会社一ノ蔵

代表取締役社長:鈴木整
本社:宮城県大崎市
従業員数:160名(関連会社含む)
設立:1973年
資本金:9000万円 
事業内容:清酒製造業

経営者略歴

鈴木整(すずき・ひとし)1969年宮城県生まれ。2003年株式会社一ノ蔵に入社。製造・財務・営業各部門での勤務を経て、2014年に代表取締役社長に就任。根っからの「お祭り好き」で、故郷・塩釜の鹽竈神社のお神輿を現役で担ぐ。