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KIGURUMI.BIZ株式会社
製造業
九州・沖縄
10〜29人
File.35
一人ひとりのライフステージに合わせた働き方を ―着ぐるみ工場「KIGURUMI.BIZ」の場合―
2020.10.14
多くの人に親しみを持ってもらおうと、自治体や企業が独自のキャラクターを考案することが一般化している。イベントなどで使用するキャラクターの「着ぐるみ」を毎年約200体製作しているのが、KIGURUMI.BIZ(宮崎県新富町)だ。安全性や動きやすさを追求した同社の着ぐるみは、今では海外からも高い評価を受ける。「作り手が幸せでなければ、着ぐるみに触れる人を幸せにできない」という信念を掲げる、同社の働き方とは。
社員の声を聞き改革を決意
同社の前身、ステージクルーは、1990年に創業した。もともとは舞台美術、衣装などを中心とした造形美術製作会社だったが、オリジナルキャラクターの社会的なブームが進む過程で着ぐるみ製作が中核事業に。2009年に事業を冠した現在の社名となった。創業当時、国内で目にする安価な海外製の着ぐるみには、すぐに壊れてしまうものや、なかには異臭のする粗悪品もあったという。加納ひろみ社長は「着ぐるみは子どもたちが触れる機会の多いもの。安全性はもちろん、『どうやったら人間と同じような動きができるか』にまでこだわっている」と胸を張る。
品質に価値を感じた顧客からの注文は増え続け、それに伴い社員も増加した。2012年には法人化。メディアからの取材依頼が急増した。取材で、会社の誇れる部分を尋ねられることがあった。「社員に聞いてみよう」。そう考えた加納社長は、社員一人ひとりと面談を行う「トークブレイク」や社員へのアンケートを実施した。
しかし、加納社長の思いと裏腹に、社員からは不満の言葉が相次いだ。「時間外労働が多い」「休日出勤がつらい」。そう涙を流しながら語る社員もいた。社員は全員女性で、子どもを持つ者も多い。家庭では子育てが忙しい一方で、会社では注文が殺到。現場は疲弊していた。「こんなに我慢させてしまっていたのか」。加納社長が「一つ一つほころびを直していこう」と決心した瞬間だった。
「残業削減」の方針をぶれることなく実行
まず取りかかったのは、残業時間の削減だった。とにかく行動してみようと、金曜日をノー残業デーにし、終業時間の午後5時に必ず社員全員で仕事を終えるようにした。しかし、当初は時間内に仕事が終わらず、土曜日に出勤してしまうこともあった。事務長の川添里子さんは、当時について「正直、『残業をなくすことなんてできるのかな』という思いがあった」と振り返る。一方で、「定時に帰ると外が明るくて、気持ちも明るくなった」と笑顔で話す。
その後は、社員一人ひとりが「どうすれば金曜日に定時で仕事を終わらせられるか」と考え、仕事の効率化を進めていった。一人ひとりが7時間の業務時間内に集中する意識を持ち、歩くスピードすら速くなった。少しずつ作業効率が改善し、社員の提案で火曜日もノー残業デーとなった。次第に残業なしの日が増えていき、一人当たりの月平均残業時間は2011年が28.5時間だったのに対し、今ではほぼゼロに。残業代や休日出勤の手当も削減でき、社員数をさらに増やしたうえで、利益を伸ばすことができた。
「特例を認めず『とにかく続ける』という意識を持った。同時にマンパワーも増やしてくれたのが大きかった」(川添さん)との言葉通り、一貫して全社的に残業削減に向かい取り組んだ。「残業代が減ってしまう」という理由から退職する社員もいた。しかし、加納社長は「そこはぶれずにやっていこう」と考え、歩みを止めることはしなかった。今でも採用面接では「残業はない。残業代はあてにしないで」と説明しているという。
有給カレンダーの設置で気兼ねなく休める環境を整える
次に実行したのが「有給カレンダー」の張り出しだ。5カ月先までのカレンダーを社内に張り出し、社員が年次有給休暇を取りたい日にちに名前を書き込む。以前から年休取得率は7割を超えていたというが、「先輩が有給を取らないため取りづらい」という若手社員の声を受けて設置を決めた。「社員のスケジュールが分かれば生産ラインの管理ができ、フォロー体制も作りやすい」と加納社長はカレンダー設置の効果について説明する。
また、「子どもの看病など、不測の事態に備えて有給休暇を残しておく」ということを防ぐため、看護・介護休暇について小学校未就学児2人まで、1人につき5日間を有給として付与することにした。勤続5年ごとに10日間の休暇を付与する「リフレッシュ休暇」も有給とした。土曜、日曜と連続して取得することで、14連休となる。
中学1年、小学4年、小学1年の3女の母でもある管理部総務の小野嘉代さんは、「子どもがまだ保育園に通っていたころは、一人が病気するとほかの子も体調が悪くなってしまうことがあった。そんなときに看護休暇があって助かった」と話す。川添さんは「リフレッシュ休暇中は本当に仕事のことを忘れられる。クライアントから連絡があっても同僚にフォローしてもらえる」と説明する。
自由な時間を「自己研鑽に充てたい」と考える社員を応援する体制も整っている。映画や美術館などのチケット代について、いずれも勤続年数6カ月以上で、1回あたり1000円を助成する「アート助成金」制度が設けられている。加納社長は「着ぐるみ製作はクリエイティブな能力が求められる。そこに生かしてほしい」と助成制度に込めた思いについて語る。
社員一人ひとりのライフステージに合わせた働き方を追求
結婚や出産、育児、介護など、ライフステージの変化によって働き方のニーズは変化していく。KIGURUMI.BIZでは「それぞれの事情に合わせた、みんなが働きやすい職場」を追求しており、就業形態について正社員とパートの自由な切り替えを認めている。例えば、正社員だった者が、子育てや介護のためにパートとして勤務することも可能だという。
業務範囲は正社員でもパートでも変わらない。パートは自分の事情に合わせて自由に就業時間を調整できる。正社員からパートに切り替えた後の賃金は、正社員時代の給与を時給換算した上で支払われるという仕組みだ。パートであっても、チームリーダーなど責任のある立場にいる従業員もいるという。
「就業時間に関わらず結果を出していることが大切。会社が求めることは正社員もパートも変わらない」(加納社長)との言葉の通り、社員一人ひとりの声を聞きながら常にその時一番良い形を模索している。そのうちのリフレッシュ休暇制度については今後、パートにも拡大できるよう調整中だ。
感染拡大で仕事の原点を見つめなおす
新型コロナウイルス感染症の影響により、イベントの中止が相次いだ。着ぐるみの需要はイベント開催の有無に左右される部分が大きく、影響が大きくなるにつれ注文数が減少していった。
そんななか、加納社長は大きな決断をした。それは、医療資材の縫製をすることだ。加納社長は「普段、クリエイティブなものを作っている社員がどんな精神状態になるのかが気がかりだった」と振り返る。ライン数を減らすことも考えたというが、「今自分たちにできること何か」との思いから縫製を請け負った。「仕事が減って家に閉じこもるよりも、仕事を作って作業してもらったほうが精神的に良いのではないか」という考えもあった。
大変な時期を経験し、加納社長は、「楽しいことを楽しい人たちと楽しくやることの大切さを痛感した」と口にする。「人は楽しいことがないと生きていけない」としたうえで、「大変だったが、『日常に楽しさをアドオンしていく』という自分たちの仕事の役割を改めて確認できた」と前を向く。現在は通常の注文が回復傾向にあり、顧客とはオンラインで打ち合わせを行っている。
加納社長は「正しい商品は正しい場所から生まれる」という思いを大切にしている。「正しさ」の基準はそれぞれ違うが、共通項の一つとして「『正しい場所』とは社員にとって『無理や我慢をしなくて良い場所』だと思っている」と強調する。そのうえで、「できるだけ社員一人ひとりの困りごとを解決していきたい」と力を込める。新型コロナウイルス感染症の広がりは、全社員が仕事の原点を見つめなおす機会となった。仕事に対する誇りを今一度胸に抱き、工場から多くの幸せを届け続けていく。
CASE STUDY働き方改革のポイント
ノー残業デーをきっかけに業務効率が向上
- 効果
- 毎週金曜日をノー残業デーとし、社員一人ひとりが業務効率の改善に取り組んだ。その結果、火曜日もノー残業デーとなり、現在では毎日の残業がほぼゼロになった。
「有給カレンダー」の設置や休暇制度を充実させる
- 効果
- どの社員がいつ年休を取得するか分かるよう「有給カレンダー」を張り出し、取得しやすい環境を作った。同時に、リフレッシュ休暇などの休暇制度も充実させた。
正社員とパートを選べることで社員のライフステージの変化に対応
- 効果
- 社員のライフステージの変化に対応するため、正社員とパートでいつでも勤務形態を変更できる。仕事の内容は差がなく、賃金についても時給換算給与を支払うよう工夫した。
COMPANY DATA企業データ
正しい商品は正しい場所から生まれる
KIGURUMI.BIZ株式会社
代表取締役社長:加納ひろみ
本社:宮崎県新富町
従業員:23名(正社員16名、契約社員1名、パート6名)(2020年8月現在)
設立:2012年
資本金:200万円
事業内容:着ぐるみの製作、キャラクターのデザイン・企画、造形美術製作、商品開発
経営者略歴
加納ひろみ(かのう・ひろみ) 1960年6月生まれ。中央大学中退後、日米会話学院に入学。卒業後、Apple Inc.などを経て1998年にステージクルー(現KIGURUMI.BIZ)に入社。営業担当、工場長、取締役工場長を経て2017年7月、社長就任。