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有限会社本田商店

業種

製造業

地域

中国・四国

従業員数

30〜49人

File.79

生産性の向上を起点に、働き方改革を考える 従業員のパフォーマンスと利益性を同時に高める-本田商店の場合-

時間外労働の削減

2021.11.01

有限会社本田商店

 島根県の名産のひとつに、出雲そばがある。そばの実を丸ごと挽いたそば粉で打つ平麺は、香り高く、そばの色が濃いのも特徴だ。
本田商店は、出雲そばの製造で100年を越す老舗。1954年に会社として設立後も、創業当時から受け継ぐ自家製粉のそば粉を用いて作る無添加そばや生麺でも常温保存できるそばなど、他社にはない商品を生み出してきた。
 代表取締役の本田 繁さんは、2002年に入社。「当時も今も、売り上げを伸ばすことが大前提」(本田社長)としながらも、では利益を上げるためにどうすべきかといった考え方や施策の方向性は、当時は現在と完全に真逆だったという。
 その結果、人材の確保が難しくなると同時に、今勤務している従業員にしわ寄せがいき、残業が常態化。このままでは生産性の向上に繋がらないと、徐々に働き方への改革に取り組んでいった。

「ムダ取り」から、業務のスタンダード化へ

 本田商店にとっての働き方改革は、一貫して「生産性の向上」が起点となっている。
かつては「生産性を上げる=従業員の給料の単価を下げる」という考え方だったという。しかし「本田商店というブランドが浸透していない上、安い給料では募集しても人が来ないのは当然」と本田社長。売り上げを伸ばすためには人材集めが急務と、まず給料アップの方針に転換した。
すると思いもよらないことが起こる。仕事で高いパフォーマンスを発揮できる人が、徐々に集まり始めたのだ。給料は人材の質に比例すると実感したという。

 しかし良い人材が集まっても、すぐに生産性の向上に直結する訳ではない。残業は以前に比べて削減が進んでいたものの、従業員のパフォーマンスを高めていくために改善すべき点はまだまだ多かったという。
本田社長は「従業員の能力が低いから生産性が上がらないのではなく、従来からあるルールや業務の中に潜む無駄も原因」と分析。コンサルタントのアドバイスを受けながら、業務の見える化を推進。付加価値を生み出さない業務の無駄をなくす「ムダ取り」の改善を行った。

 本田社長は「1日の中で、付加価値のある実質的な仕事は3割、残りの7割は付加価値のない仕事。まずその7割部分から無駄を省いていった」と説明する。
部署ごとに業務の見える化を推し進め、「ムダ取り」を実践。さらに、ある工程を別の従業員が行った場合の再現性を検証することで、各工程に対する工数をクリアにした。
例えば、注文1件の処理にかかる平均時間を割り出し、1人あたりの処理件数を設定。達成できない従業員がいれば、問題点を突き止め、修正した。「遅れる理由が必ずある。システムや設備が問題であれば改善し、もし従業員側の問題ならトレーニングを課して、業務のスタンダード化を目指す」と話す。

 同社は設備投資にも積極的に取り組む。設備や機器は日々進化している。設備面の改善ありきではなく、生産性の向上に繋がる設備という観点で導入を進めている。「人も設備も適材適所。試行錯誤を重ねているが、商品設計を変えれば必要のなかった機械もあり、結局無駄に終わってしまった設備投資も未だにある」と本田社長は苦笑する。
ハードとソフトの両面から、効率的な生産体制を構築しつつ、働く環境を改善する。これらの取組の結果、2015年には159時間にも及んだ1人当たりの年間平均残業時間が、現在では1時間ほどにまで削減され、成果として現れている。

後ろは生産管理システムの画面。「生産状況の進捗がひと目でわかり、共有できるようになった」と本田 繁社長

画期的な早退制度で、労働時間を短縮・削減

 生産性の向上は、いかに生産性の低下を防ぐかと同義だ。「生産能力がダウンする原因のひとつは、1日の中で必ず従業員の能率が落ちていくこと」と本田社長。高いパフォーマンスをキープしたまま、効率を落とさず業務をやり遂げることは難しい。適度な休憩を挟んでも、どこかで集中力が途切れるなどして、生産性は徐々に下がっていく。製造現場ではミスが起こりやすくなり、カバーするための残業が発生することもあったという。

 加えて従業員の中には、少なからず「残業はするべきもの」という意識が残っていた。それに対して、「必要のない残業は悪である」という会社の方向性を明確に示した。「単純に言えば、残業すると疲れるから、早く帰りましょうという話」と本田社長。意識を変えていくことは、簡単ではない。まずは仕組みを整えることが先決だという。

 その仕組みとして本田社長が考えたのが、仕事が早く終われば定時前でも早退できる短時間勤務制度だ。例えば、定時より1時間早く製造が完了し、早退した場合、未就業時間にあたる1時間に対して、給与の60%を支給するとしたのだ。
「16時に終わる仕事を定時の17時まで引き延ばすと、それが労働時間のスタンダードになる。短縮できるものに時間を掛けると、生産性が低下しているのに、長時間労働をするといった以前の状況に戻りかねない」と説明する。工場の場合、1日の生産量は決まっている。仕事がないとわかっている現場に人員を留めておくことは、会社の利益にもならない。

 また、給与の減額支給を不満に感じる従業員が出ることも想定。定時まで社内の休憩室でビジネス本を読み、感想文を提出するという選択肢を設けた。
「ビジネス本を読めば、従業員のスキルアップが見込める。早退であれば給与は6割で済むので、会社にはどちらもプラスになる」と本田社長。しかしフタを開けてみると、ほとんどの従業員が早退を選んでいるという。

 従業員の意識改革を目指し、労働時間短縮のために設けた早退制度は、工場など生産部門に先駆けとして導入。受注や請求などを担う事務部門にも取り入れ、ようやく形になってきたという。「製造や受注など成果が目に見える部署は取り入れやすい」と本田社長。一方、営業部や通販事業部などは、それぞれに合った導入方法を模索しながら進めている段階だ。

従業員の能率アップのため、社長のデスクをはじめ、営業部や通販事業部などの椅子は取り払われている

強制的な多能工化推進のため、有給休暇制度を充実

 業務の見える化の取組は、「誰でもできる化(多能工化)に繋がる」と本田社長。「実際の仕事の多くは、誰でもできる仕事」と言い切る。ひとつの業務を特定の人に任せるブラックボックスの状況をクリアにし、誰でもすぐ対応できるシステムを構築してきた。
「業務の見える化は、マニュアルづくりにも役立つ。さらに、研修を充実させることで、他部署の人間がカバーすることが可能」と話す。この体制が軌道に乗ったことで、従業員が年次有給休暇を取得しやすい空気の醸成にも繋がっている。

 多能工化を強制的に推進するため、長期連続休暇取得の取り組みも始まっている。「従業員がスキルを上げて、多能工になることを求めるなら、業務の穴を物理的に作るのが最も効果がある」と本田社長はいう。このような取組により年次有給休暇の取得促進を目指した結果、現在の取得率は80%を超えている。
長期連続休暇制度は、就業年数などに応じて、5~20日間連続で取得できる。従業員自身が就業計画を立て、申請する仕組みで、穴を埋めるローテーションを部署のリーダーが組んでいる。

 通販事業部の柿木彩矢(かきのき・さや)さんは、ECサイトや販売に関わる仕事に就きたいと、未経験ながら本田商店に入社した。販売サイトの管理・運営やダイレクトメールの作成、クラウドファンディングなど、主にBtoCの業務に携わる。覚えることも多く、忙しい毎日だが、会社が定める年間休日115日に加え、長期連続休暇の制度も利用し、バランスよくリフレッシュして仕事に励むことができている。
「休暇の取得時期は自分で決められるので、旅行などの計画も立てやすいです。また休んでいる間、代わりに仕事を担ってくれる人がいるという安心感があり、気兼ねなく休めています」と話す。

 また、本田商店では従業員のスキルアップを目指し、部署ごとに社長から出された課題を達成すれば、1万円ゲットできる企画を月に一度開催している。
本田社長は「部署に合った目標設定が、意外と難しい」と笑いながらも、従業員の成長を期待するための難題をクリアした時は、支給金額を更に上乗せするなどの工夫も重ねている。
「給料を上げるためではなく、最終的に会社の発展に繋げる企画。成長するために必要な課題を部署ベースに落とし込み、皆で達成することで、その成果として現金を支給している」と取組の意図を説明する。
柿木さんは「従業員のやる気を引き出すだけではなく、達成感や団結力も生まれますし、自分自身の成長のためにもおもしろい取組だと思います」と歓迎する。

「いいと思ったことはすぐに取り入れる社風で、意見も言いやすく、ありがたい環境です」と柿木彩矢(かきのき・さや)さん

 本田社長は、同社の組織や従業員の特徴として「とにかく変化に強い」ことを挙げる。
従業員の意識を変えるには、まず変化を習慣化させることだ。無駄を削減して業務の仕組みや方法を変え、利益を出し、給料に反映させる。「このサイクルを浸透させたことで、変化があるほど給料が上がるという考え方が定着した」という。

 「会社員時代の自身がそうだったように、給料があるから頑張れるという部分は誰しもある」と本田社長。一人あたりの生産性を上げることが、従業員の給与アップといった物理的な幸せに直結している。同社が、生産性の向上を働き方改革の起点とするのはそのためだ。

 本田商店は「そばを作ることを、目的としていない」という。
「目指すところは、高い給料が支払えて、従業員の人間性を高めつつ、働いていることを誇れる会社になること。そばと並行して生パスタの製造も始め、利益体質になってきた手ごたえもある。しかし、そば作りはあくまで手段。目標が実現できるなら、手段にはこだわらない」と語る。

 残業削減、労働時間の短縮、有給休暇制度の充実といった、生産性向上の取組はほぼ達成したと言えるが、会社発展のための課題はまだ多いという。
今後は、社員のパフォーマンスと利益性を高め「良い会社」にする、ブランディング戦略にも力を入れていく。
紆余曲折を経て「会社の利益あっての働き方改革」を成功させてきた本田商店の取組は、多くの会社にとっての指針にもなるだろう。

CASE STUDY働き方改革のポイント

取組1

業務の「ムダ取り」改善で残業時間を大幅に削減

効果
付加価値のない仕事に対して、無駄を洗い出し、ある工程を別の従業員が行った場合の再現性も検証。工数をクリアにし、1日あたりの処理件数を設定。問題がシステムや設備にあれば改善、従業員の能力であれば研修を進め、業務をスタンダード化。2015年には159時間にも及んだ1人当たりの年間平均残業時間が現在では1時間まで削減。
取組2

早退制度を設け労働時間を短縮

効果
早く業務が完了すれば、希望者は早退できる短時間勤務制度を確立。未就業時間分の給与は60%支給と設定し、満額支給希望の場合は、社内の休憩室での読書と感想文を提出するという選択肢を設けた。従業員は、時間内により早く業務を終わらせる意識が身に付き、作業効率もアップ。
取組3

有給休暇制度の充実で多能工化を推進

効果
従業員が年次有給休暇を取得することで生まれる業務の穴を有効に活用。マニュアルや研修を充実させ、他部署の人間を休暇取得による穴を埋める人材とする多能工化を推進。年間休日115日に加え、長期連続休暇の随時取得を進め、従業員のリフレッシュを図ると同時に、会社の利益にも繋げる。

COMPANY DATA企業データ

工場は有機JAS認定。製粉から製造までを一貫体制で行う

有限会社本田商店

代表取締役社長:本田 繁
本社:島根県雲南市
従業員数:45名(2021年7月現在)
設立:1954年2月
資本金:1000万円
事業内容:出雲そば製造

経営者略歴

本田 繁(ほんだ・しげる)
1974年島根県生まれ。福山大学生物工学科卒業。ワサビメーカーに営業として5年ほど勤務した後、2002年5月有限会社本田商店入社。2013年より代表取締役。「成果=考え方×能力×熱意」を大切に、経営に取り組む。