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有限会社多田自然農場

業種

農業,林業

地域

北海道・東北

従業員数

10〜29人

File.22

「反骨の酪農家」が行き着いた「働き方」の流儀 ―乳製品を海外にも輸出する岩手県遠野市の「多田自然農場」―

幅広い人材活用

2020.09.10

有限会社多田自然農場

道の駅「風の丘」内にある多田自然農場の製品を販売するコーナーの前に立つ妻の正子さん(左)と多田さん

 民話の里として知られる岩手県遠野市のJR遠野駅から車で20分ほど。同市青笹町中沢に多田自然農場がある。5ヘクタールの畑と約200頭の乳牛が飼育されている牛舎、チーズやプリン、ジェラートを製造している工房があり、クループ会社も含め20人ほどが働き、その7割ほどが女性で、柔軟な勤務形態となっている。

経営者の「志」が柔軟な働き方につながる

 働き方に関しては、「反骨の酪農家」とも言われる多田克彦社長の考え方が色濃く反映されている。まずは、多田さんと農業との関わりを紹介することにしよう。
 「多田自然農場」は多田さんが1989年に妻の正子さんとともに設立した。多田さんは都内の大学を卒業後、Uターンして地元の市役所に就職する。公務員として生まれ育った町の振興に取り組むうち、主要産業である農業の発展が地域の活性化につながると考え、10年で公務員生活に区切りをつけ、自ら実践者として生きる決意をした。
『遠野物語』を著した柳田国男は民俗学者という顔を持つ一方で、明治期の農務官僚でもあった。柳田は、農業者に政府の保護にすがることなく「自立」することを説いていた。多田さんは、その考えに強い影響を受けていたのだ。
 だが、その道のりは決して平坦なものではなかった。1991年に始まった牛肉の輸入自由化、生乳の生産調整と、それに反したことによる農協からの除名処分と苦難の歴史が続いた。多田さんは語る。

「反骨の酪農家」と呼ばれている多田克彦さん

 「牛肉自由化で牛の値段が一挙に8分の1に暴落し、億の借金を抱えた。でも、原料はあるので加工することで乳製品に付加価値をつけることを考えた。品質の高いものを生産しながら、地元の道の駅やスーパーなど、自分で販路を開拓していったのさ。農業というとワンランク下と思われがちだが、そんなことはない。もうかる産業だということを実証してみたかった。『上からやれ』と言われてやるのではなく、一個人として、自分で選択肢を考え、実行する道を選んだのさ」

品質の高い製品製造に欠かせない人材への投資

 同社が販売する製品には「多田克彦」の名前が大きく刻まれている。それは、品質の証しでもある。牛がストレスをためない環境を作れば、いい乳を生産できる。牛の排出物は微生物の発酵技術を生かして良質な有機肥料として大地に返す。それが安心安全でおいしい野菜を生む。遠野という民話のふるさとで行われている農業が消費者に知られるようになり、「持続可能な農園」=「サステナブルファーム」として認知されるようになっていった。
 自らの頭で考え、自らの責任で実行し続けることで、多くの人々の共感を呼び、また、その製品は人々を感動させた。ヨーグルトやプリン、チーズなどは今、全国各地のデパートや洋菓子店で売られ人気商品になっている。その品質の高さは海外でも知られるようになり、5年前の台湾を皮切りにシンガポール、ベトナム、アメリカと販路が拡大している。

多田自然農場で販売されている製品。近年、台湾やアメリカなど海外にも輸出されている

 「国内で、そして世界が驚くような品質の高い製品を作れば価格競争に巻き込まれることはない。そのためには、人材にも投資しなければ……。従業員もストレスなく働くことができるようにしたい。地方では働き手も減っており、労働生産性を上げるためにも働き方改革を進めなければ事業の継続だって追求できない」と力説する。

子育て優先が可能な勤務体系

 多田さんの会社の従業員はグループ全体で約7割が女性だ。販売部門では、60歳過ぎのパートタイム労働者でも時給などを下げることなく70歳まで働いてもらえるようにしている。福利厚生も正社員と同一の付与をするなど同一労働同一賃金のガイドラインに沿った運用をしているほか、子育て世代にも柔軟な勤務形態が取れるように工夫している。
 現在、高校3年生の長男と中学2年生の次男がいる小倉さんは、子どもが生まれる前は部品工場で働いていたが、休みが取りにくいこともあり退職。6年前から多田自然農場で製造部門の事務として再び働くようになった。家族が同社の乳製品の大ファンだったことも、入社の決め手だったという。小倉さんは「ここの乳製品を食べるようになってから子どもが健康で過ごせるようになったのですが、勤務も柔軟で、子どもの学校行事や習い事の送迎などは事前に届け出ていれば問題なく行くことができます。週休2日に加え、月1回は週休3日も可能となっており、子どもの成長過程を見逃すことなく働けるのは有り難かった。メリハリをつけて働けるので社員のモチベーションは高いと思います」と笑顔で話す。

経理などを担当している小倉忍さん

 多田さんの次男で、大学卒業後、千葉県内の食品スーパーで3年間働いた後、Uターンして同社で働くようになった多田慎太郎さんは現在、チーズ製造を任されている。社内研修制度を使い、約1年、スイスやドイツでチーズ作りの修業をしてきた。そして、慎太郎さんが中心になって製造したチーズは評判が高く、海外に輸出され、国内ではJR東日本の豪華列車「四季島」に提供されている。慎太郎さんは「実績を上げさえすれば、自分のペースで仕事ができる、ワーク・ライフ・バランスの考え方がしっかりと根付いているように感じる」と説明する。

現在、チーズ製造を担当している多田さんの二男、慎太郎さん

地域の人材を生かすため障害者雇用にも積極的

 同社では障害者の雇用も積極的に行っている。地方では地元経済が疲弊する中で障害者の就労の場が少なくなっている。そこで、福祉事業会社を設立し、地域の障害者の雇用を積極的に行い、農作業などの一部を障害者が担っている。地方では今、若者の流出が大きな課題になっているが、障害者に就労の場を提供することで、新たな農業の担い手を育てているともいえよう。
 ところで、2009年から同社で働く製造部長の荘司こずえさんは日本IBMで働いていたキャリアウーマンだ。農業に関心があり、多田さんの経営理念に共感して入社した。荘司さんは持ち前の語学力が買われ、社内研修制度を活用してヨーロッパでチーズ作りの修業に派遣されたほか、現在は海外の取引先との商談も担当している。荘司さんは、自身が大企業で働いていた経験も踏まえ、こう話す。
 「働き方改革に踏み切れるかどうかは、経営者の考え方や志にかかっているように思います。一方、働き方の自由度が増えるということは、従業員にとっても各自の生き方や働くことの意味を考える良い機会になり、社内が活性化するのは間違いないと感じます」

製造部長の荘司こずえさん。本場スイスでチーズ作りの修業をしてきた

 今、新型コロナウイルス感染症拡大で、海外との人の往来が制限されているが、岩手県の小さな会社が手がけるチーズやヨーグルトといった乳製品やプリンなどの注文は前年を上回るペースで推移しているという。品質にこだわり、物語性のある商品を作り続ける人材と環境が整ってさえいれば、どこに会社があろうと、また、会社の大きさに関係なく、普遍的な価値を持って人々に受け入れられるということではなかろうか。

多田自然農場のスイーツ製造工場で
事務所の前で従業員の皆さんと

CASE STUDY働き方改革のポイント

取組1

子育て世代にも柔軟な雇用形態

効果
学校行事などで休むことができるほか、習い事の送迎などで時短勤務も
取組2

月1回週休3日も可能な制度を導入

効果
製造部門で実施しワーク・ライフ・バランスに配慮
取組3

国内や海外での研修制度

効果
意欲のある社員がスキルアップできる仕組みを整備

COMPANY DATA企業データ

腐敗から発酵へ、崩壊から蘇生へ

有限会社多田自然農場

代表取締役:多田克彦
グループ本社:岩手県遠野市
従業員数:約20名
設立(創業):1989年
資本金:300万円
事業内容:農業、農産品の製造販売

経営者略歴

多田克彦(ただ・かつひこ)1955年、岩手県遠野市生まれ。明治大学卒業後、Uターンし、遠野市役所に10年間勤務。その間、2年間、サウジアラビアで農業指導を行う。1989年、多田自然農場を設立し、生産者の名前をつけた牛乳の先駆け「多田克彦の牛乳」を販売。乳製品、野菜などの生産と並行して、独自の流通ルートも開拓してきた。若手育成にも注力している。