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株式会社由利
製造業
近畿
100〜300人
File.38
「プチ勤務」導入で女性も活躍できる職場に ―鞄メーカー「由利」の場合―
2020.11.12
兵庫県豊岡市は、「鞄(かばん)のまち」として約1000年の歴史を持つ。そのなかで、約半世紀の歴史を刻むのが由利だ。熟練した技術が高く評価される同社の主力は、この山間のまちに暮らす女性たち。「彼女たちがゆとりをもって働ける環境を」と、年次有給休暇の消化率向上、残業の削減、3時間からでも働ける「プチ勤務制度」といった働き方改革を導入し、仕事の効率化と売上の向上につなげている。
仕事へのこだわりから残業時間増加、改革を実行
由利は1971年に設立された。二代目となる由利昇三郎社長は約30年前に入社。先代で創業者の由利総太郎氏が立ち上げた大宮工場の拡張、ベトナム工場の設立などを手がけ、豊岡鞄ブランドの確立とPRに奔走してきた。グローバルな視点から「地場産業」としての「豊岡鞄」をとらえ、「日本人のもつ感性で企画し、日本人の技術で作り上げ、日本人の感性で商品を管理することに誇りと価値を見出したい」と力を込める。
掲げるスローガンは「NO MISSION NO FUTURE」(ミッションがなければ未来はない)。「社員一人一人が課題(ミッション)をしっかり持ち、それらをクリアしていくことで、将来、理想とする会社を実現する」という思いが込められている。理念には「社員一人一人が描く夢を形にすることで、社員個人の成長を実感できる集団を目指す」を掲げる。
スローガンや理念にある通り、若者が安心して入社し、女性が生き生きと働ける「働き方」を整えることが全社的なミッションとなっている。一方で、メイドインジャパンのブランド「豊岡鞄」の製造現場は、熟練した職人仕事はもちろん、時代のニーズを捉える力、そしてファッション性を重視した創造力が問われる。仕事へのこだわりから、かつては残業が増えてしまうこともあった。しかし、由利社長は「それでは視野が狭くなる。いろいろな人と出会い、交流することで仕事はよくなる」と残業を避ける環境を求め、自ら率先して実行していった。
全社的取り組みで残業時間削減と年次有給休暇消化率向上
2017年、働き方改革を推進するための社内委員会を発足させ、製造部、営業部、総務部などの各部、各工場から代表者に参加してもらった。改革する項目を各部署に持ち帰り、全社員に行き届くような体制とした。由利社長は「仕事のオン・オフの切り替えが大事」と基本方針を示し、「残業時間と入退社時間の見直し」が第一のミッションとなった。
「仕事は午前8時30分から午後5時35分まで。会社は午前7時40分に鍵を開け、午後6時30分に施錠するという徹底管理で、就業時間を一新した」。委員長で製造部の上西英治部長は、そう振り返る。どうしても残業が必要な場合は、朝に残業する形の「朝残」が設けられた。朝残は午前6時から8時までの2時間だが、所属する各部長への申し出と認可が必要だ。上西部長は「限りある時間でいかに仕事をするか―を全社員が考え、工夫することで、かえって仕事に集中する環境ができ、効率も上がった」と説明する。
第二のミッションは年休の100%消化に定めた。毎月1回、社員の年休消化率をチェック。消化していない社員には休暇申請を提出することを義務付けた。働き方改革をスタートさせたばかりの頃の年休消化率は49.83%だったが、「現在82.24%と確実に消化率は上がっている」と上西部長は胸を張る。その上で「年休消化率100%は未達だが、2021年7月までに達成したい」と意気込む。
入社12年の大野結花さんは修理縫製が専門だ。持ち込まれた鞄一品一品と向き合い、考えることから始める。5台のミシンを使いこなし、的確に修理しなければならない。鞄づくりのすべてに精通していなければできないといわれるプロフェッショナルだが、3人娘の母親という顔も持つ。大野さんは結婚し、子育てをしながらパート勤務で入社。子供の手が離れたころに正社員となった。残業時間と入退社時間の見直しにより、「気持ちにゆとりができ、仕事の効率も上がった。仕事を休みやすくなった結果、家族との時間が充実し、娘とボクササイズに夢中になった時期もあった」と笑う。
「プチ勤務制度」導入で子育て世代も入社
第三のミッションは、昨年度から市と取り組み始めた「プチ勤務制度」だ。同社の時短正社員は午前9時から午後5時までの勤務としているが、プチ勤務制度を利用する場合は午前9時から午後5時の間で最短3時間から勤務できる。子育てが忙しい若い主婦層が主な対象となり、昨年度は5人、今年度は2人が制度を利用して入社した。業務内容は検品、糸処理、革の簡単な作業から始まり、本人の意欲次第では縫製を学んでもらい、任せることもあるという。
昨年度、「プチ勤務制度」で入社した青山初美さんは検品業務を一年間担い、今年度からは時短正社員へ移行。現在は縫製を行う。子どもたちを幼稚園で預かってもらっている間の午前9時から午後3時が勤務時間だったが、今年度は1時間延ばし、午後4時までとなった。1時間増えたことで、ミシンを使った縫製技術をスキルアップさせた。「2人の子どもの子育てに専念していたのですが、上の子が幼稚園の年長になったことをきっかけに働こうと思い、入社しました。ミシンは小学校の家庭科以来ですから、ここで一から教えてもらいました。難しいけれど楽しい。子どもが大きくなったらフルタイムで働きたい」とほほ笑む。
口コミで増える入社希望者
働き方改革の効果は社内だけではない。評判は口コミで社員から社外に広がり、入社希望者は増えた。
上西部長は「製造と働き方改革は切っても切れないことが証明されました。効率の良い働き方を実現していくことで社員のモチベーションも上がっている」と改革の手応えを語る。由利社長は「メイドインジャパンのモノづくりは若い人たちに入社してもらい、技術を習得してもらわなければ成り立たない」としたうえで、「特に人手不足の地方は入社してもらいやすい働き方やオープンな雰囲気が大切。わが社を支えているのは女性であり、女性が安心して働き、昇進できるよう働き方を整備しなければならない」と力強く語る。
海外を見据えネット販売部門、強化へ
新型コロナウイルス感染症の拡大はアパレル業界にも大打撃を与えた。高い縫製技術を生かし、今秋までは医療現場などで使われる防護服の製造を行っているが、同社の販売先の多くはデパートなどの販売店だ。「コロナの影響でモノが店で売れなくなった。この状況を打開し、新たな未来を切り開くため、海外も視野に入れたネット販売部門を独立させ、自社ブランドを売る仕組みを強化しようとしている」と由利社長は説明する。このため、貿易業務をパートナーとして受けていた森下琢磨さんを社員として迎え、新規開拓に乗り出した。
森下さんは8月、家族で都内から移住。「由利は新しいことに挑戦し、未来をつくる企業。その姿勢に強く共感した」と入社の理由について説明する。今後の展望について「作ったらゴールでなく、PRしてオンラインで販売する仕事へと領域を広げるため、実績を通して社内のマインドも変えなければならない」と話す。趣味はサイクリング。周辺には豊かな自然のあふれる野山や山陰海岸が広がる。「生活にまったく不便はない。むしろここには仕事以前に生きる楽しみがある。全力で働き、全力で遊びたい」と語る。
女性や都市からの移住者も受け入れる由利は、伝統を守りながら、新しい働き方を模索している。
CASE STUDY働き方改革のポイント
残業時間と入退社時間の見直し
- 効果
- 由利社長が働き方改革推進のための委員会を発足。全社的に「働き方改革」を進め、開錠施錠時間を徹底するなどして残業を削減した。残業が必要な場合は、所属する各部長の認可を得た上で朝に残業時間を設け、業務を行う形とした。
年休の消化率向上
- 効果
- 毎月1回、社員の年休消化率をチェック。消化していない社員には休暇申請を提出することを義務付け、年休消化率を82.24%に上げた。
「プチ勤務制度」の導入
- 効果
- 豊岡市と共同で1日3時間から勤務できる同市独自の勤務体制「プチ勤務制度」を導入し、子育てに忙しい若い主婦層が入社できる機会を作った。簡単な仕事から始め、意欲があればスキルアップし、フルタイムで働くこともできる。
COMPANY DATA企業データ
製造から創造へ From production , new creations.
株式会社由利
代表取締役社長:由利昇三郎
本社:兵庫県豊岡市
従業員数:218名(正社員196名、ベトナムからの技能実習生15名、アルバイト5名、契約社員2名)(2020年4月現在)
設立(創業):1971年
資本金:1,000万円
事業内容:カジュアル鞄、ビジネス鞄、キャリー、財布小物等の企画、製造、販売。
経営者略歴
由利昇三郎(ゆり・しょうざぶろう) 1964年生まれ。1987年甲南大学法学部卒、2000年専務取締役で入社し、2006年から代表取締役社長。2020年から兵庫県鞄工業組合理事長。