特別対談

特別対談

「働き方改革を進めなければ
日本に未来はない」

コロナ禍がもたらした
新しいオフィスのあり方

豊田

現場を取材していると、総務・人事・管理部門も気づいていて、創造性の向上、アイデアを生むために、働く場においていかにしてイノベーションが起きるような支援をすべきかを考えています。グーグルのオフィスでは、いかに人を衝突させるかをキーワードとしていますが、我が国でもフリーアドレスにして横に誰が来るかわからない状態にしたり、これまで部門単位に置かれていたコピー機をあえて一カ所に集中させて、違う部署の人が出会いやすくしたりと、意識的に不便にしています。動線上で人がぶつかり合うような仕組みを意図的につくり、偶発的な出会いのなかでコミュニケーションさせることで、創造性の向上を図ろうということですね。
そうした状況下、コロナ禍で在宅勤務やリモート勤務が増えたことで、オフィスはどうあるべきかという議論が起きています。今までのオフィスは何でもできる万能型が中心でしたが、「機能特化型」にシフトしてきました。そこへコロナ禍によって集中したソロワークは在宅でもできるとなり、オフィスは何のためにあるのかが問われるようになっています。すっかり一般的になったオンライン会議では偶発的な出会いは生まれにくい。それが可能なのはオフィスで、オフィスは創造性の向上の場であるべきで、総務部門はイノベーションが起きるようなオフィスのあり方を模索しています。

出口

グーグルなどは、脳科学者や心理学者の知恵を借りてサイエンスをベースにオフィスを設計しています。人間の脳は、楽しい職場であれば自然と頑張れるのです。気持ちの良いオフィスにすれば、アイデアが生まれる。人間を科学的に理解して、人間を大事にしているからこそ、グーグルやユニコーンは業績が上がるのです。
それに対して、日本の企業では旧態依然とした根拠なき精神論がまかり通っていて、脳が生き生きと活躍できるはずがありません。例えば、いつでも転勤自由な総合職が一番上だという制度などは、社員と地域との結びつきやパートナーの人生をまったく無視した傲慢な考え方といえます。一方で、テレワークやオンライン会議は何をもたらしたか。紙やハンコを不要とし、通勤時間もなくなりました。どこにいても仕事ができ、これを機に転勤という制度を止めるくらいの企業がもっと現れれば、日本経済は良くなると思います。また、前述したジェンダーギャップ指数を持ち出すまでもなく、我が国の男女差別も大きな問題です。これはユニコーンが生まれない要因であると同時に、少子化の根本原因でもあります。日本ではいまだに家事や育児、介護を手伝う男性は素晴らしいという発想ですが、家事、育児、介護は本来女性の仕事だから手伝うという偏見が前提になっていることでもあるのです。男性の育児休業に中小企業の7割は人手不足を理由に反対していますが、男性は子育てをして初めて、オキシトシンという愛情ホルモンが分泌され、子どもに対する真の愛情が芽生えて、母親と同等になるということが医学的にも証明されているのです。

変化に対応するには
常に「学ぶ」姿勢が重要

豊田

今、個々人は自らの生き抜く力を涵養していかないと厳しい時代になっていると思います。経済産業省も複数の専門性を持つべきなどと言っていますが、これからの職業人には、どのような心構えが必要でしょうか。

出口

世の中の進化のスピードが速くなればなるほど、すぐに役立つ知識はすぐに陳腐化します。ですから、物事を本質的に考える力、すなわち探究力や問いを立てる力が何より大事になるのは世界共通です。企業人もさまざまな人と出会って話を聞いたり、いろいろな本を読んだり、体験(旅)を積んだりして勉強する以外に手はないと思います。その意味でテレワークは絶好のチャンスで、短時間で1日の仕事をこなしてしまえば、使える時間が増えるわけですから、市民一人ひとりが賢くなれるチャンスでもあります。また、前の仕事が終わったら次の仕事まできちんと休むという「勤務間インターバル制度」の導入が適切に実施されていれば、労働者の健康と再生産性は担保されます。そうなれば、複数の会社に所属する副業・兼業も十分ありではないでしょうか。

豊田

コロナ禍もあって今、オフィスは縮小する傾向が強まっていますが、家賃が減り、社員の通勤交通費も減り、オフィスの光熱費も減り、総務・人事部門は意外とお金をたくさん持っている。これをいかに社員教育のための原資として使うか考えるべきでしょう。スタッフも目の前のこなすべき仕事が減り、考える仕事にフォーカスできるなど、テレワークによってこれまでできなかったことが進められる良いチャンスであることは間違いありません。ピンチをチャンスに変えるという発想が求められると思います。
「学ぶ」いう点では、優秀な企業の人事・総務ほど学んでいます。とにかく、外に出ていろいろな会社の事例を見たり、専門家と話したりして学んでいる。それが成果となって、結果的に会社は良くなっている。特に、新しいことは経験値がないので、会社にいては何も得られないと思います。
働き方改革関連法に絡めて、2019年4月、大企業に対して時間外労働の上限規制が施行され、2020年4月から中小企業にもそれが適用されているわけですが、現場の状況を見ると、36協定(サブロク協定)は何かというところから始まっていて、まだ現場に浸透していない。これをより浸透させるために必要なことは何でしょうか。

出口

最も重要なことは、政府が本気で勉強しない、変わろうとしない企業は市場から退出してもらうかもしれないという緊張感を持たせることだと思います。大企業が進んでいるわけでも、中小企業が遅れているわけでもありません。中小企業でも立派な経営者は必死に改革に取り組んでいます。そういう企業を伸ばしていくことこそが日本が良くなることにつながると思います。

豊田

同一労働同一賃金については如何でしょうか。同一企業であれば正規雇用労働者と非正規雇用労働者(パートタイム労働者、有期雇用労働者、派遣労働者)の間で、基本給や賞与などの個々の待遇ごとに不合理な待遇差を設けることは禁止するという法律が2020年4月から施行されています。日本の企業文化のなかでは、同一労働同一賃金はなかなかハードルが高いという声もあります。

出口

定年の廃止と同じで、同一労働同一賃金は“蟻の一穴”となって、歪んだ労働慣行を是正する格好の武器となるのではないでしょうか。同じ仕事をしているのに、派遣だから給与が低いというのは明らかにおかしくありませんか。ですから、原理原則論で厳格に行い、反した企業は公表していくくらいのことをしなければならないと思います。
私自身は同一労働同一賃金を含め、国の働き方改革については、総論では賛成です。総論は非常に重要で、総論が間違っていては各論も間違う。皆が方向性を明確にしつつ、後は各職場で各人が工夫しながら、少しずつでも前に進むようにやっていくしかないと思います。